いまは宗教を自分で選ばなければならない時代

私たちの祖父母が子どもだった時代は、一族の長が宗教を決めていました。

もっと昔は、村長みたいに地域を治める人が宗教を選んでいました。

信じられない話ですが、村長が「今日から、ここは天理教!」と言えば全員が天理教になっていた、そんな時代があったんです。

いまは、核家族や一人暮らしが増えたことから、家の宗教にさえ縛られなくなりました。

つまり、宗教が必要なら自分で選ぶ、そういう時代です。

 

いまは宗教を自分の意志で選べる時代

ただひたすらに時間が過ぎることを我慢する、そんな時期が長い人生には1度や2度はあるでしょう。

むしろそのほうが当たり前な人生だと思います。

宗教はそういう時間を、「意味あること」にしてくれます。

せっかくインターネットで、いろんなことが調べられる情報化社会です。

宗教を自分の意志で選べるようにしておくことは、いつか役に立つと思います。

 

宗教を選ぶ基準は人としての魅力

宗教を選ぶ基準は「教え」の優劣ではありません。

だいたいどこの宗教も自分のところが一番と言います。

だから、「教え」の好き嫌いと、宗教者の人柄で判断するほうが賢明です。

私自身、いろんな宗教の人と話しをするたびに、教えより人としての魅力のほうがよっぽど大事だなと感じています。

 

人柄を知るにはイベントに参加する

地域のつながりを重視した活動を行うお寺や教会が増えています。

たとえば体験型のワークショップだったり、こども食堂のような社会支援活動だったりです。

個人的にお勧めイベントは、仏教界で始まったテンプルモーニング(お寺の朝のお掃除会)です。 → ホトカミ

本当に、この活動はうらやましいですね。(うちでは施設の規模的にできないので...) 

近くで開催しているところがあれば参加して、どんな人がやっているのか、確認してみてください。

 

小さな悩みでも聞いてみる

もうひとつ、宗教者の人柄を確認する方法があります。

小さな悩みを、直接話してみることです。

きちんと聞いてくれて、きちんと察してくれて、きちんと話してくれる、そういう宗教者は必ずいます。

いっぽうで、聞きっぱなし、話しっぱなしの宗教者がいることも残念ですが事実です。

 

入信の誘いの断り方

おまけで、入信を誘われたときの断り方です。

わかりやすいイメージは「察しの悪い中学生が、頑張って告白してきた」です。

だから、やんわりと、でも、はっきり断ってください。例えば「ゴメン。無理」です。

たまに、もう1~2回頑張る人もいますが、もう一回言ってあげてください。

中途半端な態度は、へんに期待を持たせます。なにしろ「察しの悪い中学生」ですから。


うっかりカルトに出会ってしまった場合

昔はカルトに関わってしまった人が、数人に囲まれて入信を強制された、そんな話もありました。

今ではすっかり聞かなくなってしまいましたが、もし似たような状況になったら、すぐ誰かに電話して、迎えに来てもらってください。

迎えに来られる人がいない場合は、警察にお願いしてください。

「迎えに来てもらう」ここがポイントです。