タダ働きは、ヤダよ、という話です。


 

天理教だけでなく、いろんな宗教に「タダ働き」を推奨する言葉があります。

が、絶対に、宗教者に向かって「これはタダ働きですね」などと言ってはいけません。

本当にダメです。絶対です。

 

うっかり言ってしまったら、相手は、怒りのあまり卒倒します。

その後、その行いに対する「宗教的な重要性」や「信仰的な意味合い」とやらを、延々と聞かされるハメになります。

絶対に言わないと約束できてから、この先を読んで下さいね。

 


 

約束できましたか?

 

それでは続きを読んでください。

 


 

天理教には「ひのきしん」という言葉があります。

「ひのきしん」を、真面目に説明すると次のようになります。

 

 

日々常々、何事につけ、親神の恵を切に身に感じる時、感謝の喜びは、自らその態度や行為にあらわれる。

これを、ひのきしんと教えられる。

(天理教教典 第八章)

 

 

「ひのきしん」を簡単に言うと、「神様に生かされるている感謝を表す行い」です。

 

もっと簡単すると「行い」です。

便利に訳すと「手伝い」です。

 


 

便利に訳すと、こんなふうに使えます。

 

  • 用語:ひのきしんして
  • 翻訳:タダで手伝って

 

  • 用語:ひのきしんでお願いします
  • 翻訳:文句言わずにやって下さい

 

  • 用語:ひのきしんをさせていただきましょう
  • 翻訳:信仰している風をうまく演じましょう

 

これ以上書くと、ほんとうに怒られそうなので....

 


 

でも、信仰の有無にかかわらず、

【見返りを求めずに、自らの意志でする行い】

この見返りを求めない行いが尊いということは、すでに世の中の多くの人が知っているところです。

 

そのような行いを、すすんで実行している人もたくさんいます。

 

その行いに「神様に生かされている感謝」という天理教の宗教性を加味したものが「ひのきしん」です。

ほんとうは、とても大切なことなんです。

 

ようは、信仰の言葉の使い方には、気を付けてねって言いたかっただけです。

 

今日のまとめ

 

生かされているということの実感は難しい