遺骨は一番の形見

 

今月、6月に亡くなった伯父の納骨を執り行います。

天理教では生まれ変わりを信じる教えなので、亡くなると、魂はまたこの世に返ってくると言います。

 


 

さて、魂が生まれ変わるとなると、残った遺骨はだれのものでしょうか。

やっぱり亡くなった方のものでしょうか?

遺族の方が自由にできるので、遺族の方のものでしょうか?

それとも納骨した先のお寺のもの? さすがに、これはないですね。

 


 

ところで、亡くなった方が長年愛用していた近視用の眼鏡があるとします。

近視用の眼鏡ですので、遺族が使うわけにもいかず、かといって、捨てるのもしのびない。

でも、遺族がその気になれば捨てることもできます。

遺骨は、この愛用していた眼鏡に近いものです。

 

遺骨は一番の形見

 

遺骨は、亡くなった方が一番長く使っていた形見と言えるんじゃないでしょうか。

一番長く使っていた形見なので、どうぞ大切に扱っていただきたいと思います。

 


 

天理教では、この身体は神様から借りている、と教わります。

そして、亡くなるということは、借りている身体を神様にお返しすることだとも教わります。

これは私個人の悟りですが、身体はお返しするけど、遺骨は、遺族のために形見として残しておいてくれているのでしょう。

 


 

今月の納骨祭では、伯父の大切な形見である遺骨を丁寧に納めさせて頂きたいと思います。

ちなみに、伯父が長年愛用していた眼鏡は、骨壺の中に遺骨と一緒に大切に納められています。