「天理教ってどんな教え?」って聞かないで、という話です。


 

仕事先や近所の人達と飲みにいくと、ときどき聞かれます。

「天理教って、どんな教え?」

無理です。答えられません。

 

知りたかったら、ネットで検索してください。

ウィキペディアに書いてあります。

→ Wikipedia:天理教

 


 

なぜ答えられないか。

 

「答えられない」というよりは、「答えにくい質問」なんです。

なぜ「答えにくい」のか、その理由は2つあります。

 


 

1つめの理由は、「宗教の教え」が「道徳的な話」と「信じにくい話」で構成されているからです。

 

もちろん道徳な話は、どこの宗教にもたくさんあります。

でも、そこを話しても、結局はよくあるつまらない話にしかなりません。

 

もう一方の、信じにくい夢物語のような話も、宗教の教えのなかにあります。

でも、そこを真剣に話せば、確実に引かれます。

 

つまり、「道徳的な話」はつまらない、「夢物語」は引かれる、という間で揺れ動いているんです。

これが、1つめの理由です。

 


 

2つめの理由は、その気にさせるタチの悪さ、です。

 

例えるなら、飲み会で女子が男子にボディタッチするのと、同じタチの悪さです。

男子、勘違いしますから。

ボディタッチされるの慣れていませんから。

(私は好きですけど...)

 

男子が、女子にボディタッチされると

「えっ、なに、もしかしたら、ありなのっ!」

みごとに勘違いします。

 

もしかしたら自分に気があるんじゃないか。

ボディタッチだけで、頭の中に妄想が駆け巡ります。

 

そう!

同じなんです。

「女子のボディタッチ」が勘違いさせるタチの悪さと、「天理教ってどんな教え?」って聞くのと同じなんです。

 

つまり、教えを聞いてくるってことは、天理教に気があるんじゃないかって。

無駄な妄想で、勝手に期待して変な感じになってしまいます。

これが、2つめの理由です。

 


 

だから、お願いです。

もうその質問やめてください。

 

どうしても気になるなら、ウィキペディアで調べてください。

→ Wikipedia:天理教

 


 

それでも、その場で聞きたいなら「仏教と、どう違うの?」と聞いてください。

この質問のほうが、きっとわかりやすい回答を聞くことができると思います。

 

ようは、いきなり聞かれると変な顔になってしまうのでヤメてって言いたかっただけです。

 

今日のまとめ

 

期待させないでください