子育てって1人でも大変だよね、という話です。

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なぜか知りませんが、天理教の教会には子だくさんの人が何人もいます。

私には5人の子供がいます。多いでしょう。

 

でも、知り合いには普通に5人とか6人が何人もいます。

いまどき、すこぐ珍しいと思います。

 


 

ちなみに、うちは4番目の子と、一番下の子の5番目の子の年齢が、7歳離れています。

いくら上で4人の子育て経験があると言っても、7年も離れていると、いろいろと忘れているものですね。

 

もう、ずいぶん前のことになるのですが、

一番下の子がまだ幼稚園に行くようになる前は、上の子ども達が学校に登校してしまうと、完全に一人っ子の状態です。

 

そのころ、よく妻と話していたのは

「何人も育てるより、一人っ子を育てるほうが、むしろ大変じゃないの?」

そのくらい、大変だった記憶があります。

 


 

ところで、5人も子どもがいると、当たり前のように、いろんなことが起きます。

4人に入院の経験があります。

1人でも入院すると本当に大変ですよね。

 

天理教の場合、子どもに何かあると、例えば病気だったり、人間関係上の問題だったり、

そんな時は、親の信仰を問われることがあります。

 

でも、自分で信仰的にとらえる分には良いんですが、他人に言われると、やっぱりカチンときますね。

私の立場上、こんなことあまり大きな声では言えないんですけど。。。

 

まぁ、そんな私ですが、子どもに何か問題がおきた時、あえて全員を座らせて話をしたことが3回ほどあります。

詳しくは書けませんが、例えば、誰かに何かを取られてしまったときに

「自分たちにはこれ多すぎだから、神様がこれはちょっと多すぎるよって持ってったんだよ。」

そんな話をしたことがあります。

ようは躾(しつけ)ですね。

 


 

座れせて話をするときに意識をしていたのは

  1. すこし時間を置く (2~3日程度)
  2. 事前に夫婦で話し合って意見を一致させておく (ここ大事!)
  3. 話す内容は事実の受け取り方 (ここ信仰的!)
  4. 話の始まりと終わりを明確にする (はい、座って。はい、おしまい。)
  5. 終わったら自分の感情を言う (でも、○○だよなぁ...みたいな)

 

全員を座らせて話したことは、これまでに3回くらいです。

一番上の子はもう社会人ですし、一番下も来月で6年生なので、あえて話しをするようなことはもうないでしょう。

 

うちの子ども達のことを「昭和の子ども達」という人がいます。

良く受け取れば、素直な子ども達という意味でしょうか。

そういうふうに育ってくれたのは、座れせて話をした経験があったからかもしれません。

 

 


 

いまコロナの影響でよけいに育児や、子育てが大変だと思います。

そんなかたは、どうぞ愚痴を吐き出しに来てください。

口に出すだけでも、すこし楽になると思います。

 

(話をしたい方は、こちらのページ から連絡してください。)

 

今日のひとこと

 

子育ては、何人でも何歳になっても本当に難しい