信じているフリをする


私が信仰の話をするときのスタンスです

このページの内容は、私 ( 倉橋 ) 個人の見解や考え方です。

同じ天理教の教会でも、異なる考え方の教会もあります。

あらかじめ、ご了承いただき、お読みください。

「信じてもいないのに、ここに来るのって失礼ですよね」

ここの教会へ初めて相談に来る方で、時々こう話す人がいます。

どう思いますか?

私自身、どこまで信じているのやら

もう10年以上前の話ですが、年下の後輩から「あんたに信仰心はない!」と説教されたことがあります。

そんな私は、いまでも「お祈りで治るの?」と聞かれれば、「さぁ?病院行ったほうが良いよ」と答えます。

私自身、真剣に信じているか怪しいものです。

むしろ信じているフリを演じている

そんな私ですが、天理教を信じているフリを演じることは、いろいろな経験を積んできたおかげで、少しずつ上達しています。

学芸会レベルを卒業したかな?

そんな演技であったとしても、魂が入った演技なら、人に何かを伝えることができると信じています。

また、演じることで気が付けることがあると信じています。

実はすでに演じている

ところで、初詣に行ったことはありますか?

みんな、初詣のときは演技しているんです。

神社やお寺に参拝に行ったら、パチパチと手をたたいて拝みますよね。

あれは気が付いていないだけで、信じているフリを演じているんです。

だって、拝んでいる先にいる神様や仏様の名前を知っていますか?

みんな知らないんです。でも、それでいいんです。

手をたたいて拝むだけでも、清々しい気持ちになったり、心が落ち着いてきたりしますよね。

ここにきたら演じてみる

ここで話を聞いても、同じように信じているフリを演じていいんです。

信じているフリを演じることで、気が付けることがあります。

そこで気が付いたことが、あなたの人生を楽にしてくれるんです。

演じるのは教会にいるときだけ

そして演じるのは、ここの教会にいる時だけです。

教会から出たら、またいつも自分に戻ってください。

いつまでも演じたままだったら、しんどいだけですよ。

いつもの自分に戻っても、気が付いたことがあれば、きっと何かが違っているはずです。

自分に合った演技を探してみる

私は宗教の掛け持ちや、変更を否定しません。

私にも天理教以外のお坊さんの知り合いが何人かいますが、みな良い人達です。

宗教によって、演じ方が違ってきますので、

ぜひ、自分に合った演技を見つけてみてください。