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こんにちは。教会長の倉橋です。
教会では「会長さん」と呼んでくださいね🙏
「天理教 宿泊」
ここのサイトで一番検索され、クリックされているキーワードです。
このキーワードで表示されるページは、サイト内のリンクを辿ってもちょっと見つけにくようになっています。
サイトマップにも載せていません。
その理由は、この教会の活動というより、私の個人的な活動に近いからです。
あと、このブログやホームページで発信している内容は、すでにこの教会と関係ができている人、またはいずれ関係ができるであろう人を前提にしています。
いっぽうで「天理教 宿泊」で表示されるページは、そういう人向けではないんですよね。
「奈良県天理市にある教会本部の神殿案内や宿泊施設の詰所を利用できますよ~」って内容なので、対象が全国不特定多数の人なんです。
具体的にはこちら👇
この活動は他の教会の人たちと25人くらいのグループで行っています。
一応、私が責任者という立場ですが、このページ経由で詰所に宿泊したり神殿案内を受けた人のほとんどは私のことを認識していません。
これ結構、申し込みがあるんですよ。
だいたい2~3週間先まで埋まっています。
天理教の人にこの話をすると間違いなく驚かれます。
でも次の話をすると「なぜ?」と首をかしげる人がそれなりにいるんです。
天理教の信者さんではないのに、詰所に宿泊したり、神殿案内を受けたり、基礎講座を受講する人がいる。
その動機の多くは「天理教」という宗教を体験してみたい、触れてみたい、という比較的純粋なもの。
天理教の人にとって、この動機はちょっと理解しづらいんです。
天理教の人たちはこう思うんです。
悩みがないのに?
困っていないのに?
私も内側の人間なので、その気持ちをわからなくもないです。
「天理教の話を聞く人は、何か悩みがある人」
天理教の人には、こういう前提が無意識にインストールされているんですよね。
利用した人からいろんな話を聞かせてもらったおかげで、私も含め一緒にやってるメンバーたちは、その前提がすっかり無くなりました。
これからは、これ👇を天理教の中に布教していきたいと思います。
「悩みがなくても、天理教の話を聞きたい人はいる」
ここの教会で話を聞いてみたい方はこちら👇 わたしが説明をしますよ。
ようこそおかえり
この言葉は、天理駅のホームや天理本通りのアーケードに掲げられています。
天理教の教会本部がある場所は、人間が最初に生まれた「心のふるさと」と教えられています。
「ふるさと」だから「帰る」
だから天理教は、「ようこそ」と「おかえりなさい」という意味の言葉で迎え入れるわけです。
これは信者さんであっても、なくてもです。