こんにちは。教会長の倉橋です。
教会に来たら「会長さん」と呼んでくれると嬉しいです😀
天理教は一神教です。
一神教なので信じる神さまは1人(?)だけです。
ところで、天理教を信仰していない知り合いから
「神さまを信じているの?」
と聞かれると、返答にちょっと戸惑います。
なんというか、聞かれたときの「信じる」という言葉と、「神さまを信じる」と言ったときの「信じる」は、何かちょっと違うなぁ…と感じているからです。
例えば「友達を信じる」と「神を信じる」
英語だと、この2つの「信じる」は違う単語になるんですね。
なので、「信じてるの?」って聞かれたときのモヤモヤは、たぶん
「trust寄りのニュアンスで聞かれているけど、答えはbelieve寄りになっちゃうんだよなぁ」
といった感じでしょうか。
もう少しわかりやすく比較してみましょう。
さっきの「友達を信じる」と「神を信じる」を、それぞれ意味が近い言葉で言い換えると、次のような感じになります。
○ 友達を信じる
○ 神を信じる
こんな感じでしょうか。
私たちが「信じている」と言うときは「世界観を受け入れている」という感じの意味合いで使っているんですね。
ちなみに、天理教の目指す世界観は「陽気暮らし」と呼んでいます。
「陽気暮らし」とはどんな世界観か。
いちど話を聞きに来てみませんか。
天理王命
私たちが信じる神様の名前です。
ただ、普段は神様の名前を使うことはありません。
(名前を言ってはいけないとかではありませんよ)
普段は「親神様」と呼んでいます。
私たち人間の親みたいな存在という考え方です。