教会長のほぼ週刊ブログ

偶然を必然と受け取ると忙しい

少し前のブログ

 

 

身の回りに起きたことを、信仰によって『必然』と受け取ることで、心に余裕が生まれているのかもしれません。

 

 

ということを書きました。

でも、何でもかんでも、必然だ~、神様だ~ってやってると、全然落ち着いて生活なんかできません。

 

石につまずいても必然

黒い猫を見ても必然

タンスの角に小指をぶつけても必然

 

さすがに、やってられませんね。。。

 

そんなときは

「偶然が2つ重なったら、必然と受け取る」

 

偶然が「悪いこと」2つとも限らないです。

「良いこと」と「悪いこと」のこともあれば、「良いこと」と「良いこと」ということもあります。

 


 

ところで、良いことが重なると、逆に不安になる人もいるらしいですね。

良いこと続いたから、そのうち悪いことが起きそうで怖いって感じです。

 

でも良いことが重なったら、素直に神様からのご褒美として受け取っていいと思いますよ。

 

人の場合でも、ご褒美は素直に受け取ってくれたほうが、うれしいですよね。

同じように、神様も、ご褒美は素直に受け取ってくれたほうが、うれしいと思います。

 

 

天理教の言葉

 

合図立てあい

 

いろんなことが次々と起こることを「合図立てあい」と呼んでいます。

 

良いことでも、悪いことでも、偶然が続いたら「合図立てあい」と思ってみてください。

何か神様を感じるポイントです。

 

 

 

 

  

 

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