こんにちは。教会長の倉橋です。
教会では「会長さん」と呼んでくださいね🙏
どこかのブログかX(旧Twitter)で偶然見かけた投稿です。
元ネタが見つからなくて、詳細には思えていないのですが
大人には「なる」ものではなく
大人のように「ふるまえる」ようになること
年齢的には大人になったけど、どうも大人になったような気がしない。
それでいろいろ思考した結果、そのように考えるようになった。
みたいなことが書いてありました。
もう一つ別の記事で
「賢いふり」をしない
「賢いふるまい」をする
これの元ネタはこちらのブログです。
コミュニケーションを通じて評価を得る人の特徴の一つとして挙げられた内容です。
ブログにはあと2つあるので気になる方は読んでみてください。
ところで、宗教や信仰にも、先に挙げた2つに通じるところがある、そんな気がします。
信仰者には「なる」ものではなく
信仰者のように「ふるまえる」ようになること
「信仰しているふり」をしない
「信仰的なふるまい」をする
どうでしょう?
「なる」のではなく、「ふるまえる」ようになる
「ふり」をしない、「ふるまい」をする
いろんなことに応用が利きそうですね。
この道は言うて聞かす道やない
行うて見せる道や
教祖の言葉として伝えられている言葉です。
天理教では信仰を「道」と呼んでいます。
わかりやすく言い換えると
天理教の信仰は、口で言って話を聞かせるような信仰ではない
実際に行いを見せることで伝える信仰ですよ
信仰的なふるまいをすることが大事と言うことですね。