教会長のほぼ週刊ブログ

医者と薬

こんにちは。教会長の倉橋です。

教会では「会長さん」と呼んでくださいね🙏

 


 

10月中旬に罹った肺炎も無事治り、10月26日にかけて天理に行ってきました。

 

10月26日は天理教が始まった日、立教 りっきょう の日です。

いまから187年前の江戸時代後期にあたる天保9年10月26日に天理教は始まりました。

それに合わせて天理市にある天理教教会本部では秋季大祭が執り行われます。

 

動画を見るとわかりますが、めちゃくちゃ人が集まります。

 

 

ところで、天理教が始まったころ、天保から明治の時代で肺炎になっていたらどうなってたでしょう。

 

大河ドラマや時代劇を見ていると「薬師 くすし を呼べ」みたいなシーンがあるので、きっとそういう人が呼ばれていたんでしょう。

でも、肺炎の治療に使われた抗生物質は昭和に入ってから発見されたものです。

きっとあまり効かない薬草とかそういうものだったんでしょう。

あとは神仏に祈るしかなかったと思います。

 

いま、調べてみたら、正露丸や龍角散は明治時代からあるそうです。

『え、こんなものも!?明治時代に誕生したクスリ5選』

 

教祖が生きていたのが明治20年までだったので、もしかしたら痛み止めみたいな薬はあったかもしれませんね。

 

さて、天理教では病気になった人に対して祈る方法があります。

その祈りで広まったといっても過言ではありません。

私もこの肺炎では妻に祈ってもらってました。

 

いっぽうで医者や薬にも頼っています。

天理教の教えでは「医者・薬は修理肥」という言い方をして、身体を治すものとしています。

 

ただ、そういう教えがあっても、信仰していれば医者も薬もいらないという人は昔ほどいたようで、それについては厳しい言葉が残っています。

神様の言葉をまとめた「おさしづ」という書籍のなかに、明治23年の言葉として

 

 

元々 もともと 医者は らん、薬は む事は らんという事は おしえ には無いで。
(...中略...)
誰にも医者に掛かる事要らん、薬呑む事要らんというは、どっから出たのや。

 

 

というのがあります。

 

「どっから出たのや」とは、なかなか手厳しですよね。

そうとう怒っているのが伝わってきます。

 

「信仰していれば医者も薬もいらない」って言い張る人がいたんでしょうね。

 

私はちゃんと薬を服用して元気になりました。

「医者・薬」+「祈り」の組み合わせは意外といいものですよ。

 

 

天理教の言葉

 

 

天理よろづ相談所病院

 

 

奈良県天理市にある天理教関係の病院です。

通称「憩の家」と呼ばれています。

昭和41年に開設され、当時は東洋一とも言われていました

さすがに今ではそうはいきませんが近畿地方では屈指の病院だそうです。

Wikipedia

 

外観はかなり個性的です。

天理よろづ相談所病院「憩の家」

画像はWikipediaから

 

  

 

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