教会長のほぼ週刊ブログ

宗教を選ぶ時代

こんにちは。教会長の倉橋です。

教会に来たら「会長さん」と呼んでくれると嬉しいです😀

 


 

大昔って信仰する宗教を自分で選ぶことはなかったんですよね。

 

例えば中世ヨーロッパではその土地を治める貴族とかが、この宗教って決めると、その地域全体がその宗教になったようです。

 

日本でも似たような感じです。

例えば戦国時代なら、殿様が決めた宗教がその藩の宗教でした。

もちろん例外はあったでしょうが、基本的に個人が宗教を選択する自由はありませんでした。

 

そういった宗教の決定者は時代の流れとともに、次のように変化していきます。

国家 → 領主 → 村のおさ → 家長 → 個人

 

明治時代くらいには、村の長が決めていることろもまだまだあって、村全体が天理教になったという話も残っています。

 

戦後は、それが本家や家長になり、家の宗教といった感じになっていきます。

これが今騒がれている宗教二世問題の根っこにある部分ですね。

 

昭和50年に入ったあたりからは、個人で宗教を選択する自由が出てきます。

宗教を選択と言っても、基本的には、宗教を継がない選択と言ったほうが正しいかもしれません。

 

この宗教を継がない選択肢を手に入れた最初の世代が今の60代~80代です。

核家族化を手に入れたことが大きいと思います。

さらに、この世代って、オーム真理教のサリン事件の影響も受けていて、かなりの宗教嫌いです。

 

ちなみに6年前にNHK放送文化研究所が行った調査ですが、「悪いことをすれば必ずむくいがある」と回答した割合は、あらゆる世代の中で70代が一番低いんですよね。

NHK放送文化研究所:日本人の宗教的意識や行動はどう変わったか 図9を参照

 

これってキレる高齢者、キレる老人が増えたことにも影響があるような気がします。

 

「天理教?オームと一緒だろっ」って、私に言った人もその世代でした。

 

40代、50代はそこまでひどくありません。

でも上の世代が宗教との付き合い方を教えなかったのと嫌っていたのとで、「相手が宗教に関わっているのはいいけど、自分は関わらない」というスタンスの人が多いですね。

この世代は関わらないことによって、中年の危機 につながっている気もします。

 

30代より下になると、オームの事件の影響も無くなり、むしろ積極的に宗教をYouTubeやSNSを使って学ぶ人も増えてきています。

 

うちにも時々ですが、その世代が話を聞きに来ます。

いくつかの宗教を調べて、自分には合いそうだという理由で来た方もいました。

 

宗教自体は数千年前から存在します。

日本で宗教が極端に拒否されていたのは、たった30年くらいの話です。

影響を受けた世代も1~2世代です。

「キレる老人」と「中年の危機」の世代です。

 

やはり人は何らかの形で宗教というものに関わっておいたほうがいい、そんなことを考えました。

 

天理教の話を聞いてみたい方はこちら。

 → 天理教の話を聞いてみる

 

 

天理教の言葉

 

 

在るといえばある。無いといえばない。

 

 

教祖の口伝として伝わるものです。

(※ 正式な教えとして採用されてはいません。参考程度という扱いです)

 

天理教の教祖が生きている時代にこんな質問をした人がいます。

「神様の姿は、あるのですか?」

 

素朴な疑問とは言え、教祖に向かってなかなかのツワモノですね。

 

その時の、教祖の答えが

「在るといえばある。無いといえばない。」

でした。

 

 

  

 

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