こんにちは。教会長の倉橋です。
教会に来たら「会長さん」と呼んでくれると嬉しいです😀
以前のブログで、昔は宗教を選べなかったという話をしました。
その名残というわけではありませんが、宗教学には「ムラの宗教」「イエの宗教」という考え方があります。
なぜか、村・家と漢字ではなく、ムラ・イエとカタカナで書くんですよね。
なぜカタカナなのか、その理由をChatGPTに聞いてみました。
以下、聞いた結果です。
単なる地理的な「村(むら)」や一般的な「家(いえ)」という漢字が持つ日常的な意味合いを超えた、学問的な概念を表しているからです。
「ムラ」の宗教
- 単なる地理的な村ではなく、共同体全体を包括する社会集団としての側面を強調します。
- 漢字の「村」だと、行政区画としての意味合いが強くなるため、共同体としての社会構造を指すためにカタカナが選ばれます。
「イエ」の宗教
- 単なる建物としての「家」ではなく、祖先祭祀を中心に存続する、血縁を基盤とした社会集団・制度としての側面を強調します。
- 漢字の「家」だと、マイホームのような現代的な意味合いが強くなるため、前近代的な日本の家族制度としての概念を指すためにカタカナが選ばれます。
まぁ、なんとなく概念っぽい枠組みだということですね。
「ムラの宗教」と言った場合、神社がそれにあたる場合が多いです。
住んでいる地域にも、お神輿を出しているところがありませんか?
お神輿は、神社(氏神様)のお祭り、つまり神事の一つです。
「イエの宗教」は、いわゆる檀家で関係するお寺ですね。
お盆のときにお坊さんが来て御経をあげていれば、それがイエの宗教です。
天理教の場合、どちらかと言えば「イエの宗教」に該当します。
加えて「個人の宗教」という言い方もできます。
家族にはあまり影響しない、自分だけの信仰みたいな感じです。
最近、うちの教会に話を聞きに来る人は、どちらかと言えば「個人の宗教」という意識できているようです。
まぁ上で紹介した ブログ でも、個人で宗教を選択する時代みたいに書いているので、「個人の宗教」と言うのは当たり前のことかもしれませんね。
「ムラの宗教」と「イエの宗教」が共存できるように、
「イエの宗教」と「個人の宗教」も共存できると思っています。
たぶん、それぞれに役割があるんだと思います。
天理教の教えを聞いてみたい方はこちら。
一名一人(いちめいいちにん)
「いちめい・いちにん」と読みます。
親子や兄弟でもみな心が違うという意味です。
信仰も
まさに、個人の宗教、個人の信仰です。