神様って、いたらいいね、という話です。


 

そもそも神様って、いるんでしょうか?

正直、私にもわからないです。

 

もし、いるとしたら、かなり気まぐれですよね。

だって、何の信仰をしていなくても、奇跡的に助かる人もいれば、熱心に信仰していても、助からない人もいます。

 

だったら、いっそのこと、神様なんていないと、割り切ったほうが理にかなっているのかもしれません。

 


 

でも、そう割り切ってしまうと、物質や数字とか、お金や結果だけの世界のようで、ちょっと虚しい気がします。

だから、すこしだけ「神様いるかも」という前提で、この先をお付き合いください。

 


 

もし、いたとしたら、神様なんだから、信仰している人だけを優遇するような、そんな心の狭いことはしないと思います。

少なくても、私が信仰している神様は、そんな心の狭い神様じゃありません。

 

でも、なんで助けてくれないんだよ!って思うことも当然あります。

ケチですね。マジで。(んっ...?)

 

それでも個人的にいろいろな経験を重ねて、いまは「いるかもしれない」とは思っています。

 

そのうえで、神様に期待しすぎないようにしています。

 


 

キリスト教の聖書の中に「奇跡で神を試すな」という意味の話があります。

(詳しくはないので間違っていたらゴメンなさい)

 

「神様に期待しない」を宗教的に美しく言うとこんな感じになるんですね。

 


 

人生、いろいろ大変なことがあります。

私にもそんな経験あります。

 

でも、ふとしたきっかけで好転する、すると

「おお、やっぱ、いるんじゃん!」

はい、単純です。

 

「いるかもしれない」だからこそ、こう思えるんだと思います。

このスタンス、意外と楽です。

 


 

いないと思って行動しても、同じ結果かもしれません。

 

でも「いるかもね」くらいの前提で行動すると、良いことをしたら「神様銀行」にポイントがたまっていく、そんな感じもありじゃないですか。

きっとどこかでそのポイントが役に立つだろうな、そんな程度です。

期待せず、否定せず、緩やかな仮定がちょうどいいと思います。

 

ようは、信仰も肩の力抜くと楽だよって言いたかっただけです。

 

今日のまとめ

 

いい加減な信仰が、ちょうどいい